クラフトマンシップとの語らい―第5編 漆作家・阪本修さん③
漆作家 阪本修さんへのインタビュー、その③です。
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その②はこちら
自分が注いできた技術とか時間を肯定して欲しい
杉本 ―先ほど、日々の製作の中で次にやりたいことが見つかるという話が出ましたが、今後の長期的な目標はありますか。
阪本 「気持ちとしては、そろそろ公募展に出す一点ものを作ってみたいという思いはあります。
今まで、手に取ってもらえる値段の中で表現してきたことも面白いけど、『いまの自分の時間と技術と神経を全部注ぎ込んで作ったら何ができるんやろう。』という好奇心というか…。3年ぐらいを目処に挑戦したいですね。
工藝の仕事って、数値化と言うか、点数のつけようが無いじゃないですか。『あなたはこの世界ではこれぐらいのところにいますよ。』とか。」
―客観的には評価しにくいですよね。
「公募展に出すと、点数がつくわけではないけど、専門家の方に評価してもらえるのがモチベーションになるし、課題も見つかるし。『プロになった以上は土俵に上がりたい。』という思いはありますね。」
―ぼくが工藝作家さんにインタビューをすると、いつも『あなたは作家・アーティストなのか、商売人なのか』という話が出ますけど、今日のお話しを聴いていて、阪本さんはどちらかと言うとアーティスティックな印象を受けますね。
「そんなかっこよくはないですよ!売れたいですし!笑 でもそのために何かを妥協したら説得力がなくなると思ってしまうし、『売れたい』というのも、お客さんのためというよりは、自分が注いできた技術とか時間を肯定して欲しいからなのかなぁ。素材の調達とかデザインから、全部自分でやっていますからね。買っていただけるというのは、それをまとめて肯定してもらえることだと思うので。」
―作品への愛着も深いですか。
「いや、それに関してはまたちょっと違って…。さっき話したように、作っている途中に次のアイデアが湧いてくるので、出来上がってしまったものはどちらかというと客観的に見て、すぐ次の製作に移っていきますね。作家さんの中には『出来上がった作品をずっと眺めていられる。』という方もいますが、僕は恥ずかしくて見ていられないタイプです笑」
―なるほど笑 工藝作家とひと口に行っても様々ですね。
「今の自分は、仕事と生活のバランスを上手くとれているから続けられているかもしれないし、”売れる”っていうのも、そのバランスをとる中で必要になることですからね。そういう意味では、アーティストと商売人で5:5を目指したいのかもしれないです。」
漆が生活の中にあった方が得
「あとは『少しでも多くの方に手に取っていただきたい。』というのは、やはり大きな目標ですよね。僕はほんまに『漆が生活の中にあった方が得』やと思ってるから。使ってもらった方が得やと思ってるんですよ。」
―「生活に得」ですか。面白い表現ですね。
「感覚的な事ではあるんですけどね笑 食卓に漆の器があることで、その人の感覚の幅を拡げていくことができると思っています。
指とか唇って、すごく繊細な器官じゃないですか。食事をするときって、熱いとか冷たいとか、固いとか柔らかいとか、いろんな感覚を使うと思うんですけど、そこに木や漆から得られる感覚を加えていったら、きっといい影響を及ぼすって信じているんですよ。
だから漆だけじゃなくて、ガラスとか土の器も混ぜて欲しいし、普段使っている食器の中で違いを感じられることで、人間の感覚の幅は広がっていくものだと思うんですよね。」
―確かに。ぼくも自宅で、阪本さんにいただいたお箸を使うこともあれば、無印良品の安い竹箸を使うこともありますけど、玉子焼きを挟んで切る感覚とか、全然違いますね。
「いろいろ感じた結果、100円ショップで売っている箸の方が使いやすいっていう人も、もちろんそれはそれで全然いいと思うんです。色々な物を使う中で、自分に合ったものを選ぶのが大事やと思いますね。
あともちろん、漆は機能的な素材でもあります。保温性が高いとか、水や酸にも強いんですよ。」
―そうですね。一方で、漆の器はデリケートで扱いが難しいイメージを持つ方も多いように思うんですが。
「難しいところですよね。漆の塗面自体が弱いわけではないんですよ。塗面の内側のボディが木なんですよね。木のせいにしちゃうのもなんですが、長い間使ってると、木は収縮するけど塗面は収縮しないので、その差で塗面が剥がれることがありますよね。」
―いまは食洗器をお持ちの家庭も増えていますしね。
「そうですね。あとは、電子レンジにも向かない。木の収縮具合って全部違うので、何がどうダメって言えないんですよね。僕も、自分の器を電子レンジに入れて実験するんですよ。全然大丈夫なものもあれば、ダメになってしまうものもある。
ガラスも陶器も漆器も、落とせば欠けたり割れたりしますが、漆器は塗りなおすことで新品同様に復活します。大事に扱えば、どんな素材のものでも長く使えるのは同じですので、漆器だからといって特別難しく考える必要はないのですが…。」
―そういったハードルも、例えばワークショップで実際に漆に触れてもらうと、ハードルが下がるのかもしれませんね。赤や黒の色をした漆のお椀の内側がどうなっているのか、わからない人も多いと思うんですけど、正体がわかれば親しみやすいと言うか、わかりやすいものになるかもしれませんね。
僕たち漆作家が一生かけて作れる作品は多くない
―原料になるウルシの木を植える活動もされていますよね。
「そうですね。ご縁があって協力させていただいています。これこそすぐ結果が出るものではないんですけど。
漆って木の樹液なんですけど、木を植えてから樹液が採れるまでに10年かかるんですよね。」
―そんなに!
「しかも、一度樹液を採ったらもうその木からは採れないので、例えば毎年安定して木100本分の漆を採りたかったら、ウルシの木を1,000本植える土地が必要になるんですよ。
昔は、ウルシの実をロウソクの材料にしたり、樹液以外の部分にも使い道があったので、日本の各地で栽培されていたのですが、いまはせいぜい木の部分を燃料にするくらいです。いま国内で使われている漆の97%以上が中国産のものなんですよ。」
―残念ではありますね。
「一方で、2018年から文化庁が『文化財の補修にはかならず国産の漆を使う』という方針を出したので、国産漆の需要は増えたのですが、やっぱり急に増産できるものではないし、実はいま国産漆の供給は足りていないんですよ。
僕は国産も中国産も、品質に大きな差があるとは思わないんですが、国産のものは文化財に優先的に使われてしまうので、新規の製作には回って来づらい状況ですね。」
―ただ、そういった準備に時間がかかることを含めて、これからのものづくりを考えていくには、いい素材ですよね。ぼくはなんというか…世の中がモノゴトを消費するスピードを、どうにか緩められないかと考えているので。
漆は製作においても、何度も塗り重ねて、そのたびに塗膜が固まる時間を置いて、というスピード感で進むので、ガラスや陶磁器よりも、さらに時間がかかると聞きます。ただ、出来上がった後は耐久性もあるし、修復して永く使える。そういう素材が改めてスタンダードになって欲しいなと思いますね。
「そうですね。僕たち漆作家が一生かけて作れる作品は多くないのですが、ゆっくり時間をかけて作った作品はとても長持ちしますので、愛着をもってお使いいただけます。僕自身、毎日漆に触れていく中でまだまだ新しい発見があるので、それを楽しみながら製作を続けていきたいと思います」
あとがき
文中でも「アーティストか商売人か」というような話をしましたが、漆に魅せられた阪本さんの姿勢は、”漆の可能性を探求する科学者”、あるいは”素材の魅力を大切にする料理人”のようでもありました。
「バランスをとれているから続けられている」という柔らかな視線は、10年以上の歳月をかけて阪本さんの手元に届く、漆という素材の在り方そのものに影響を受けているのかもしれないですね。
最近は、”金継ぎ”など他の素材との組み合わせでも、サスティナブルな注目を集める漆。まだまだぼくたちの知らないことばかりです。
西村邸で開催する【工藝合宿】では、実際に(手ぶくろ越しではありますが)漆に触れていただくことができます。期間中、阪本さんの作品、【Urushi no Irodori】シリーズの販売もしていますので、ぜひあなたの暮らしに漆を取り入れるきっかけにしてください。お待ちしております。
ワークショップ、茶会は予約制です。↓