クラフトマンシップとの語らい―第4回 池田含香堂6代目・池田匡志さん③
奈良団扇(ならうちわ)の池田含香堂6代目・池田匡志さんへのインタビュー、完結編です。(前回までの記事はこちら→ ①、② )
手づくりの団扇の良さを知ってもらうために、奈良に在る実店舗を盛り上げ、実際に手に取ってもらいたいと語る池田さん。
さらにその先、奈良、工藝全体へ向ける視点についてお話しいただきます。
新しい事って、失敗するまでやらないと、どれが正解なのかわからない
杉本 ―実店舗への注力の他に、これから力を入れて取り組まれたいことはありますか。
池田さん「よく考えるのは、若い世代へのアプローチですね。奈良に住むの学生さんとか。
いろんな媒体に出て遠くに広げることも必要だと思うんですが、最近は、身近にいる方にしっかりと伝えていくことが、実は一番効率がいいんじゃないかと考えています。」
「地元の歴史や工藝品を知らない子どもが増えていますが、そこに伸びしろがあるとも感じます。もちろん、知ってすぐに奈良団扇を購入していただける可能性は、限りなくゼロに近いんですけど、次の夏、数年後の夏に、きっと何らかの形で帰ってくると思っています。」
―そのとおりですね。ぼくも西村邸の目標として、ずっと同じことを思っているんですよ。
ぼくたちより上の世代の方が、西村邸の雰囲気を「懐かしいね」と言ってくださるのは、もちろん嬉しいことなんですけど、若い人はそもそも知らないものなので、「懐かしい」という感覚で見れないじゃないですか。そういう人に、「なんかよくわからないけどいいね」と感じてもらえないと、古い物は続いていかないと考えています。
ときどき若い女の子が、西村邸を見て「かわいい」って言ってくれるんですよ。未だにびっくりしてしまうんですけど、確かに、ぼくたちがまだ気づいていない伸びしろがあるかもしれないですね。
「そうですね。これはいつか実現したいことなんですが、小学校の体育館とかでイベントやりたいんですよ。」
「ぼくが参加している、【奈良’s者ノ仕事場(ならずもののしごとば)】という、県内若手作家のユニットがあるんです。過去に数回、出張イベントをしているんですが、ただの実演販売じゃなくて、『会場に自分たちの“仕事場”を再現する』っていうのがコンセプトです。
過去のイベントは、なら工芸館さんや奈良ホテルさんでさせていただいたんですけど、それを小学校とか、若い世代にも開かれた空間でやってみたいです。」
―いいですね!
「完成品を見せるだけじゃなくて、会話をしたり、触ったり、体験してもらう。いくつかの“仕事場”ブースが並んでいて、子どもたちがそこを回って、気に入ったものを選んで作る。そのまま夏休みの自由研究になったりとか笑
それをきっかけに、身近にある手作りのものに気づいたり、おじいちゃん、おばあちゃんに昔の生活の話を聞いたり、みたいになれば素敵ですよね。」
すばらしいです!まだ次回のイベント予定は立っていないんですか?
「そうなんですよ。5,6人のメンバーでイベントをしていたんですが、最近はそれぞれの仕事で忙しいこともあってなかなか…。メンバーはみんないい人なんですけど、逆にお互い気を遣いすぎてしまうようにも思うので、職人じゃない方に舵とりをしてもらえたら、力強く進むんじゃないのかな、と考えています。
これまでは本当に楽しくやらせてもらえたイベントですし、奈良の職人でメンバーが増えていけば、どんどん水準も上がっていきそうです。」
―なるほど。西村邸が力になれることあれば、なんでも言ってください!
「ありがとうございます。【工藝合宿】のワークショップにも、お子さんが参加してくださいましたし、今後も幅広い世代と関わっていけたらいいですね。」
「僕の祖父より前の世代って、やはり職人基質というか…仕事場のことや、作り方の情報を外に漏らさないことが普通だったんですよね。最終のアウトプットだけを見て買ってくれればいい、という人がほとんどだったみたいです。
ところがぼくの父は、そういう枠組みを脱するために、職人仲間とオープンなトークイベントをしていたようなんです。奈良町の古民家を借りて、毎週入れ替わりで作家を呼んで、アツくて深い話を、皆さんの前でしていたらしいんですよ。話が終わったら、作家も聞きに来た人も混じって食事をする。器を作っている作家さんがゲストの日は、その人の器を使ったりして。
【奈良’s者ノ仕事場】も、お客さまと一体感を持って工藝に触れる機会ですし、父も同じことを考えていたんだなぁ、っていうのを、すごく嬉しく思っています。」
―そうですね。【工藝合宿】もそういうイベントに育てていけたらと思います。
「ワークショップのあと、奈良ホテルのビアガーデンで食事をしながら、杉本さんや参加者の方とお話ししましたけど、ああいう楽しい席で『職人さんってこんな話もするんだ!』って思ってもらえたら嬉しいですよね。伝統工藝っていうと、やっぱり敷居が高くて簡単には触れられない世界に思われがちですけど、僕たちから積極的にお客さまの方に近づいていく試みは、どんどんやってみたいです。」
「新しい事って、失敗するまでやらないと、どれが正解なのかわからないですよね。最初から自分で『ダメ元』って言ってはいけないですけれど、アイデアが出た時点でとりあえずやってみるっていうのは、大事なのかなと思います。」
―「失敗するまでやらないと、わからない」ってすごくいいスタンスですね。
「最初に道具作ってから15年くらい経ちますが、その間に、色々チャレンジしてきたという自負があります。それでも、団扇づくりだけに絞っても、僕にしかできないことがまだまだあると思ってます。商売の話となれば、それ以上ですから。」
―ここまでのお話で、15年前と今で“変わらない”ことはたくさん出ましたが、逆に変わったことはありますか。
「最近ようやく、仕事に取り組むいい力加減がわかってきた気がします。無駄な力みが抜けるというか。集中して1点だけいいものを作ればいいわけではなくて、長い目で見て続けないといけない仕事ですから。昔は学校のこととか、いい感じで手を抜くのは得意だったんですけど、それがようやく仕事でもできるようになってきたかなと笑」
―感染症の影響も、いつまで、どういう形で続くかわかりませんし、張りつめ続けるわけにもいきませんよね。
「そうですね。まずは地元の職人仲間や、商店街の方と一緒に、できることをコツコツがんばっていきます!
奈良の人が、『奈良には何もないんですよ』って言ってしまうの、僕はすごく歯がゆいんですよね。まずは身近なところから、そういう層に届けられるような情報発信を続けたいですね。」
―池田さんのような若い世代の方と、一緒に将来のことを考えていけるのは、とても心強いし、楽しみです!ありがとうございました。
あとがき
21世紀も最初の20年が終わろうとしている中、伝統工藝はずっと“転換”を迫られ続けているように感じます。
大胆なブランディングに成功した企業はまだまだ一握り。伝統と革新の板挟みになってしまう、若い後継者も多いのかもしれません。
そんな中での感染症拡大による不安、インバウンド需要の減少は、追い打ちをかけるようにも思われますが、同時に、外へ外へ向きがちだった視線を、ぼくたちの足元=地域に向けさせる作用があったようにも思われます。
池田さんのルーツにあるのは「中学のクラスメイトに奈良団扇のことを伝えたい」という、この上なくローカルな想いでした。いまも「身近にいる方にしっかりと伝えていくことが、実は一番効率がいいんじゃないか」と語る池田さんの想いは、ずっと揺らぎのないものだと感じます。
実際に顔を合わせて、手に取ることができる距離感。そこで見る人の心に訴えかけるのは、自己満足なロゴ・デザインや、地に足のつかない美辞麗句以上に、実際に職人が手を動かす様であったり、「これが好きだ!」という職人の熱意なのだと思います。
消費者側から注がれる“ローカル”なモノ・コトへの視線は、近年、十分にアツいものになっています。
それと同時に、生産者/職人側が“ローカル”に対して、より開かれた存在になることで、一層よい循環が生まれるのかもしれません。
池田さんのような方が持つ熱意にこそ、これまで20年とはまた違った、“転換”の鍵があるのだと感じました。
おかげさまで西村邸も、小規模ながらイベントを続けさせていただいています。年内にもいくつか予定がありますので、新しい記事を作っていけたらと思います。
最後まで読んでくだったあなたへ。ありがとうございました。